今日は坂130×10をやってきた。久々にキツイメニュー。
5本終わって少し休憩を入れたが、右の臀部にだけキツイ感覚が。左は何もないのにも関わらず、です。
おそらく重心が右に乗りすぎているようです。
さらに7.8本目からは、アキレス腱が「飛んでしまう」ような、攣る感じと似た、そんな感覚に襲われた。
ウォークの時に原因を探っていくと
フォームが崩れていること→足首を使った走りになった ということだと思います。
最後の20mくらいはなだらかな坂に変わるのですが、坂だといつも足を着いている足より前に着くから、若干つま先から入るようになる。
それが平面に変わると、フラットに近くなってくる。
この変換が出来ず、そのまま平面を走ってしまった。もっと腰を下げるイメージで良いと思ってます。
感じることは、本数が多いとホントに集中できないな、ということ。ただ疲れて気づくこともあるので、定期的には入れるべきですかね
試合でそんな馬鹿みたいな本数走るわけじゃないのに、本数だけを闇雲に増やしても無駄が多くなるだけ。
「質」か「量」か、というのはいつ何時も取り上げられる話題だけど、どっちかってことはないと思います。
量を増やすことが、質の向上に必要なら入れるべき。
しかしこの逆は成り立たない。
なぜなら目的は「多くの本数をこなすこと」ではないから。
例えば20本走るとなったとき、どうしても1〜10本目なんかは、後の本数を意識し、体をセーブしてしまう。これは絶対。
僕、本数なんか多くて今日みたいな10本で良いと思うんですけどねぇ。
確かに合宿などのいわゆる「精神を鍛える」ような、いつもじゃ考えられないくらいの本数を走るのも、たまにはアリでしょう。ただそれをいつもやると「走ること自体が目的」になってしまって「強くなること」がまったく消えてしまう。
僕は何度も心の中で叫んでいます
「お前、一体何のために走ってるの?」って。
今日のメニューだって、みんな「10本走る」メニューをしている。
最初らへんは手を抜いてる。
僕はだんだん遅れてきて、疲れている。
みんなは終わって楽にしている。
これを質の違いじゃなくて、なんの違いだ。
インターバルだとかだと事情が違ってくるのだけれど、こういうのはもう「やるとこまでやった」と思ったなら5本でも6本でも、やめたら良いと思う、別にね。
不公平だと感じます。1本目から本気でやっていた人が10本やるのと、10本目だけ本気で走るやつを同じレベルで考えられるから。傍から見たら「同じメニューをこなした人」だから。
何が言いたいのか。
「本数をこなすための練習」は無意味に近い
↓少しでもそうだと思ったならば
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2007年12月17日
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同感です。声を大にしていってやりたい人がいる(笑
多くの本数をやるときに最初手を抜いてしまいがちなのはマジメにやる人にとって大きな問題ですよね。
どーしても後が気になってしまって。
ダッシュで済む距離ならまだしもダッシュで済まない距離になってくると結構きつい。
200mとか300mとか400,500m。
私の場合は目標タイム設定してなんとかしのいでますが、
短距離と中距離の狭間の人なのでちょっと事情が違うのでしょうね。
冬季練がんばってください。
僕としてはやはり距離が伸びてくると、どうしても心が負けそうになります…。300m以上は、もう…。
クロさんも冬季練頑張ってください。練習日誌も見ています。